子供の教育費は親の責任?
内藤 眞弓 

 春になると子供の教育費について尋ねられることが多くなります。
 「子供の教育費はいくらを目標にためたらよい?」
 「子供1人を育てるのにいくらかかる?」
 「公立進学コースと私立進学コースでは最大どれだけの差?」

 これらの話を通して「2人目の壁」という言葉の存在を知りました。働きながら子育てをしている女性が2人目の出産を考え始めた時、様々な壁が立ちはだかるというのです。長時間労働の夫には協力を求められず、子育てと仕事の両立に対する不安を前に、「1人だって大変なのにこれ以上無理!」と立ちすくむ女性の姿が浮かび上がります。

教育に対する公的支出はOECD中最低の日本

 実は、2人目の出産を躊躇する大きな理由の1つに「教育費負担の重さ」を挙げる方も大勢いらっしゃいます。FP(フィナンシャル・プランナー)として相談を受ける際にも、「子供の教育費のことを考えると、とても子供は産めない」とか「本当は3人くらい欲しいけど、経済的には1人が限界」といった声が多く聞かれます。

 日本に住んでいると、当たり前のように「子供の教育費は親の責任」と思ってしまいます。でも、先進諸国では教育費は公費で賄われる割合が高く、親の負担は全くないか、あってもわずかというのは珍しくありません。

 たとえば、スウェーデンでは大学の学費は誰もが無料であるばかりでなく、返済不要の教育手当が年間48万円程度支給され、必要に応じて年間最高85万円程度の学生ローンが受けられます。このローンは定年まで借りられます。

 そのため、日本のように高校を卒業してそのまま大学入学というコースだけでなく、一度就職した後に入学するとか、市の成人高校で学習をし直してから入学するコースがあります。私の知人は昨年からスウェーデンの大学に留学していますが、外国人も学費は無料で、生活にかかるお金も少なくて済むので、安心して勉強に励めるそうです。

 ドイツやフランスの大学も学費無料、英国は年間19万円程度かかりますが、4割の学生が学費免除を受けているそうです。米国は47万円くらいですが、奨学金の制度が発達しているようです。日本は国立大学の初年度納入金が82万円程度、私立大学が131万円程度ですから、親の負担の重さは断トツです。しかも金利が低い国の教育ローンは縮小されており、親の所得制限があります。

 経済協力開発機構(OECD)は、『図表でみる教育 OECDインディケータ(2008年版)』を公表しています。その中に初等教育から高等教育までの各段階で、教育機関に対する公財政と私費負担の支出が、GDP(国内総生産)に対してどのくらいの割合で行われているかの国際比較があります。どの段階においても日本の教育に対する公財政支出は、OECD加盟国中最低レベルです。

勤労世帯にこそ社会保障給付を

 日本の場合、学校教育費だけでなく学習塾などの負担も重く、中学受験をする子供の学習塾関連費用は住宅ローン並みと言われています。FPとして資金計画のアドバイスを行う場合、お客様がお子さんを中学から私立に進学させたいと希望していれば、小学4年生から学習塾関連費を年間100万円程度織り込むことにしています。学校教育費だけでも家計負担が大きいうえに、学校外の教育費を織り込むと、さらに教育費が家計に与える負担は厳しくなります。

 都留文科大学の後藤道夫氏は、総務省が行う就業構造基本調査を基に、貧困世帯数と貧困世帯率を推計しています。それによりますと、勤労世帯のうちの貧困世帯は674.8万世帯、貧困世帯率は19%です。ところが、18歳未満の子がいる世帯に絞りますと、貧困世帯は309.8万世帯、貧困世帯率は29.4%と一気に貧困世帯の割合が上がります。

 日本は収入だけを国際比較すれば、特別に貧困率が高いというわけではありません。ところが、収入から税金・社会保険料を引き、社会保障からの給付を足した結果、貧困率が高くなる奇妙な国です。通常、収入段階では貧困であっても、税や社会保障からの給付を受けることで貧困率は下がるのですが、日本は社会保障の対象を一時的あるいは恒久的に勤労が不能な人に限定しているため、勤労世帯の貧困を防止する機能が働きません。

 ある公立高校の教師の方から、「今年の卒業生の中に、とても成績優秀だったのに家庭の事情で進学がかなわず、就職を選んだ生徒がいるんです」とお聞きしました。教育費が賄えないだけではなく、一家の収入の担い手として期待されたという事情もあったようです。就職できればまだよいのですが、高卒での就職は大変厳しい状況です。進学がかなわず、就職もできないとなれば、将来にわたって安定した労働市場から排除される可能性が高まります。

 社会保障と言えば一部の弱者のためのものといったイメージを持ちますが、海外では賃金プラス社会保障で暮らすのが当たり前という感覚のようです。税金や社会保険料として払ったものを、保育、教育、介護、医療など、必要に応じてすべての人が無料もしくは低い負担でアクセスできる形で還元すれば、勤労世帯にも分配が広く行き渡ります。国力の向上や社会の安定という点からも、勤労世帯にこそ教育をはじめとする社会保障給付を行うべきでしょう。

極端に狭まる若年層の正規雇用の道

 私自身は働きながら4人の子供を育てました。お金と時間のやりくりに綱渡りのような日々を過ごし、時には友人知人、近所の方の手を借りながら、何とか綱から落ちることなくやってこられました。振り返れば、時代と運に恵まれたとつくづく感じます。では、今の若い人たちに「子供を産んだ方がいいわよ」と言えるかというと、躊躇せざるを得ません。子供を産むと数々の懲罰が待っているかのような今の社会では、なんだか無責任な物言いになってしまいそうだからです。

 子育てしながら働く女性のための制度は充実してきているようですが、それらを利用して働き続けられる人はまだまだ少数派だと感じます。多くの女性は子供と引き換えに生涯賃金の多くを失います。幸いにして働き続けられる職場だったとしても、「家族に迷惑をかけない」ように家事の手抜きは許されないとの圧力と格闘しなくてはなりません。そして、子供の成長に伴うあらゆる場面でのトラブルに対して、「親の顔が見たい」とのプレッシャーにさらされます。

 とはいえ、何を犠牲にしても子供のためと思えば、親は無理を厭いません。限られた可処分所得の中から教育費をねん出し、子供がちゃんと職業を得て経済的に困らない人生を送ってくれることを願います。

 ところが、現実は厳しく、若年者の正規雇用への道は極端に狭まっています。全年齢で見ると1997年に3812万人いた正規雇用者は、2008年には3371万人と441万人減少しています。しかも15歳から24歳の非在学者に限定すると、481万人から264万人と217万人の減少で、ピークだった1994年の583万人からは319万人も減っています(総務省統計局労働力調査より)。では、正規雇用の狭き門をくぐればハッピーかと言えば、低処遇の正規雇用者の急増という今日的問題もあります。

教育の公費負担は国益につながるはず


 国は少子化対策に頭を悩ませているようですが、子供の教育を親の責任に押しつけている限り、子供が増えるはずはありません。まして、せっかく育てた子供が社会から大切にされないと思えばなおさらです。

 海外で教育費や職業訓練などを公費で負担しているのは、親切だからではなく、それが国益になると判断しているからでしょう。親の経済力にかかわらず、平等に教育を受ける機会が与えられ、能力に応じてさらなる高等教育へのアクセスが確保されることは、国全体の基礎力を底上げすることにつながるはずです。

 社会全体で子供を育てる政策を実現し、「子供の教育費は親の責任」からの転換を望みます。

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