大阪府:学びの灯火、消さないで 夜間中学補助廃止案で生徒たち、知事に直訴200通


 橋下徹・大阪府知事にあてた中国語や、たどたどしい日本語の手紙が府教委に連日届き、200通を超えた。差出人は就学機会を奪われた人が通う夜間中学の生徒たち。府の財政再建プログラム試案(PT案)が、生活保護受給者ら低所得の生徒向けの就学援助制度を廃止すると提案したからだ。(10面に「橋下改革の現場から」)


 「わたし」「にほんじん」。鉛筆を握る竹下虎治郎さん(70)=大阪市=の手が小刻みに震えた。守口市立第三中学校の夜間学級。自分が書いた中国語の文を日本語に訳してもらい、その漢字に読み仮名をふる学習だ。8年前に発症した脳出血の後遺症が手に残る。「私は日本人です」。級友と唱和すると、照れくさそうに笑った。


 通い始めて7年になる。終戦後に残留孤児となり、中国人に引き取られた。学校には通えなかった。91年に帰国。平仮名も読めなくなっていた。夜間中学では、日本語を取り戻せると思った。


 低所得の夜間中学生に対する国の就学援助はなく、府は71年から通学交通費などを補助する。今年度は1723万円を計上するはずが、PT案は直ちに1割削減、来年度以降は廃止を提案した。


 守口三中の夜間学級は184人の生徒がおり、補助の受給資格者は110人。竹下さんもバスの高齢者向け無料パスを支給された今年1月まで、通学は補助頼みだった。


 府内には夜間中学11校があり、在日コリアンや中国残留孤児ら約1300人が学ぶ。9校の生徒会などが呼びかけ、知事に手紙を書いた。同中の白井善吾教諭は「廃止の前に、国に補助を求めるのが筋道ではないか」と憤る。【平川哲也】


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 ◇竹下さんの手紙


 私は日本人です。戦争の被害者となりました。小1の時に学ぶ機会を失いました。父に連れられ中国に行き、1年もたたずに敗戦を迎えました。私は「日本鬼子」の息子として中国人にもらわれ、うっぷんを晴らす対象にされました。殴られ、ののしられ、学ぶ機会もありませんでした。


 母が日本に健在だったので帰国しました。読み書きができず、とてもつらかったです。学校の門をくぐって以来、私は未来への希望を持つことができるようになりました。


 夜間中学は特別な学校です。ひらがな1文字から学びます。私は学校の先生が大好きです。この灯火をより多くの勉強したい人々に照らしてあげて下さい。


毎日新聞 2008522日 大阪夕刊


 橋下知事! 夜間中学生は立ち上がった D

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 2008626日、近畿夜間中学校生徒会連合会は「夜間中学 就学援助 削減反対!」の街頭署名活動を行なった。大阪市役所前に午前10時半、夜間中学の学び、就学援助の存続を訴える思い思いの手製のゼッケンを身につけた夜間中学生が結集し始めた。

 午前11時、市役所横のケヤキ並木で、はじめの会を開き、署名活動を開始した。報道各社のテレビカメラが夜間中学生を追っかけている。淀屋橋の橋の上に並んで夜間中学生は署名板を持つ係、署名の趣旨を訴えるビラを配る係、夜間中学の活動を紹介するビジュアルポスターを持つ係、「夜間中学生募集!」の幟旗を持つ係、それぞれが道行く人に声をかけている。


「私たちは大阪の夜間中学生です。15歳までに義務教育を受けることができませんでした。この年になって、今、夜間中学で学んでいます。日本が起こしたあの戦争が原因です。奪われた学びを今、奪い返しています」


 「私たちはこの年になるまで、働き、税金を納め、義務を果たしてきました。しかし、学習権は保障されていません。今、この学習権を行使しています」


「通行中の皆さん!夜間中学は全国に35校、この大阪に11校、あります。人権を大切に、憲法を大切にしてきたこの大阪が誇るべきことだと思います。この11校はすべて、市民の運動によって作られた公立の学校です」


「憲法を守る役割を持った、弁護士出身の橋下知事は夜間中学をつぶそうとする、予算案を府議会に提案しています」


「これまで大阪府は就学援助の50%負担を行なってきました。この負担がなくなると、70%の夜間中学生が学校に通えなくなります」


「知事は市町村が負担すべきといっています。私は夜間中学のない枚方市から、守口市立の夜間中学に行っています。府の就学援助があるから通えましたが、なくなると通えなくなります」


「守口市立の夜間中学であると同時に大阪府立の夜間中学でなくてはならないのです」


 このように道行く人に、夜間中学生は自らの主張を語っていった。

 橋下知事の改革案を支持する世論が80%を超え、厳しい反応を予想して行なった署名活動であった。しかし、反応は意外であった。御堂筋を走る車から「頑張れ!」と声がかかる。手製のビジュアルポスターを見ながら話を聴く人、道行く人は足を止め、「やるんだったらとことんやれよ」「あんな知事を選ぶからや!」「あんな知事と思わんかった」「弱者の味方やと思っていた」と語り、署名に応じてくれた。

 

 この4月、夜間中学に入学、初めて街頭に立つ夜間中学生から声が出し始めた。「署名お願いします」「この大阪には夜間中学があることも知らない人がまだ、沢山います」「夜間中学は大切な学校です」「夜間中学は必要な学校です。なくしてはいけません」「近くに義務教育を受けることができなかった方はいませんか?ご紹介ください」声がつながっていく。


 今年70歳になった、中国残留孤児である夜間中学生は道行く人に丁寧に頭を下げ、ビラを手渡している。彼は次のような中国語で書いた決意文を届け、この署名活動に参加した。


               決意書

大阪の夜間中学生団結せよ! 制度の不道理を糺す闘いが開始された。言論とペンの力で、われわれの学習する権利を奪い返し、われわれの人権を奪い返すために。戦争が原因で、われわれは学習する機会を失った。われわれは夜間中学の灯火を守るため、決意した。われわれは完全勝利するまで闘いを止めない。

 団結は力、団結は鉄、団結は鋼。民主主義に反する制度に私たちは立ち上がった。夜間中学への援助費をすべて認めさせるまで、闘いを続ける。


 信号でバスが止まると、目と目が合った、車内の乗客はこちらを見ている。昼時の通行人も増えてきた。「署名用紙余っていませんか」夜間中学生の動きも活発さを増してきた。

 この日、同じ時間帯で大阪府議会議長に面談、署名を手交、議長宛の夜間中学生の手紙を渡し要請行動を行なってきた夜間中学生が淀屋橋に到着。

 予定の1時間はまたたくまに過ぎた。活動のまとめと報告会が開かれた。街頭署名活動に参加した 夜間中学生110人、獲得署名数790筆。


 テレビカメラに向かって、インタビューに応じる夜間中学生。記者の質問に答えている顔は輝いていた。私たちの主張は間違っていない。夜間中学生は自信を共有した。まさに“ピンチをチャンスに”する活動となった。27日、守口夜間中学は京橋の街頭に立つ。


「就学援助」廃止方針の橋下府知事 

 ◇夜間中学生に冷酷な荒療治−−「国へ移管」推進せよ

 行政の責務とは何か。今年度に1100億円の収支改善を図る大阪府の財政再建案が6月5日に示され、橋下徹知事は「障害者、治安、切迫した命。これらにかかわる施策は行政がやらねばならない責務と判断した」と、顔を紅潮させて力説した。確かにセーフティーネットを軸とした施策経費の削減を当初案より圧縮した。だがこの決意に私は違和感をぬぐえずにいる。学齢期の就学機会を奪われた人が通う、夜間中学の「就学援助制度」が廃止されたからだ。この措置に、手のつけやすいものなら府民を支える事業でも容赦なく切るという、知事の姿勢が象徴的に表れていると思う。


 5兆円の負債を減らすため、収入の範囲で予算を組み、既存の事業を削る。2月に就任した橋下知事は、全2880事業を聖域なく見直し、優先順位をつけたという。そこに、就学援助制度は残らなかった。


 府内11校の夜間中学を設ける7市と折半し、低所得の生徒に交通費などを最大9年支援する同制度は「市町村との役割分担の観点から(府の支援は)今年度限りで終了する」と判断された。今年度の府負担分1723万円も1割削減が示された。義務教育未修了者の就学保障の継続は市町村任せにし、府は一方的に離脱するという考えだ。


 大阪府守口市立第三中学校の夜間学級は、在校生184人のうち、110人が就学援助制度を受ける。6月初旬、生徒会副会長の箱根妙子さん(73)は、きょう1日開会する臨時府議会で知事案を審議する各会派に訴えた。「就学援助がなくなれば、中国からの帰国者をはじめ学校へ通えなくなる生徒が大勢出ます」。だが反応は今ひとつだった。橋下知事も府議も夜間中学を知らないのではないか。そんな思いに駆られたという。


 夜間中学は、義務教育を受けられなかった人が文字と誇りを取り戻す場所だ。箱根さんは家計を助けるため終戦直後から働いた。小4で学校をやめ、父に「戦争をした国を恨め」と言われた。認知症の母の死をみとり、夜間中学に進んだのは03年のこと。手あかで黒ずんだ辞書を引けば、新聞の隅々まで読めるようになった。退職後の収入は2カ月に1回受ける国民年金の15万円だけで、就学援助に支えられて勉強している。


 国は学齢期の生徒がいない夜間中学を義務教育と認めない。国は学齢期の子がいる生活保護世帯に年間7億1300万円(08年度)を支出し、市町村と折半で支援するが、夜間中学生は対象外だ。府が71年に独自の制度を設けたのは、国に代わり義務教育を保障するためだった。全国の夜間中学の出発点は、熱意ある教員が戦後、勤労青年や在日コリアンの期待に応えて始めた試みにある。そんな歴史も創設を後押しした。


 このほか橋下知事が廃止を打ち出した事業は、今年度で374に上り、縮減分を含め削減額は322億円に及ぶ。文化、人権、教育など各分野への影響は甚大で、関係者は悲鳴を上げている。私学授業料軽減助成の削減など、府民生活につながる事業も少なくない。


 大阪府が都道府県唯一の赤字経営であるための荒療治なのだろう。だが、橋下知事は、この削減分を大きく上回る府の歳出にメスを入れなかった。道路や河川など国が直接行う整備事業について、地方自治体が一部を費用負担する「国直轄事業負担金」の約410億円も、法令上の支出義務を理由に縮減を見送った。この金額は、夜間中学への就学援助の2000倍を超える。


 就学援助の責務履行を別途、国に求める道もあったはずだ。憲法が記す「義務教育の無償」は、国による教育機会の保障をうたったものだ。夜間中学生の多くが、国の戦争で義務教育を奪われたのだから。


 しかし、橋下知事は全事業について、「この状況で国に意見しても、聞いてくれるとは思えない。だからこそ、財政再建で大阪から範を示す」とし、国と交渉しようとはしなかった。最終案発表時に、今後は国に働きかける態度を表明したが、その前に廃止・削減を打ち出したものを考え直すつもりはない。


 財政再建を急ぐあまり、個々の事業を十分に理解せず廃止・削減対象としてはいないか、橋下知事は見直すべきだ。国から存続を引き出す努力をした上での改革再考も必要だ。


 箱根さんは今後も、訴え続けていく。「このピンチを、夜間中学が義務教育であることを国に認めさせるチャンスに変えたい」と力強い。橋下知事がこの声を国に突き付けていくなら、橋下改革は単なる赤字削減ではなく、住民の声をもとに国と地方の新たな在り方を探り、地方再生を図るものとなるのではないか。

              =平川哲也(大阪社会部)<毎日新聞「記者の目」08.7.1> から


Watch!:夜間中学への就学支援廃止方針に…知事に制度維持へ招待状 /大阪

 ◇知事に私たちの声を−−近畿15校の代表者会が招待状


 府の08年度本格予算が成立し、所得が低い夜間中学生の交通通学費などを支援する「就学援助制度」は、今年度の府負担分が1割削減されることになった。府の財政再建プログラム案では、来年度以降の府の補助について「市町村との役割分担」を理由に廃止方針を示しており、夜間中学生は対応を迫られている。【平川哲也】


 「知事に生の声を聞いてもらいたい」「税金を払っているのに、私たちの権利は保障されないのか」−−。


 予算成立後の先月27日、大阪市天王寺区の市立天王寺中学校。近畿15校の生徒で作る「近畿夜間中学校生徒会連合会」の拡大役員代表者会に参加した約90人は、口々に不満を訴えた。李光燮(リ・クワンソプ)会長(71)は「後ろ向きにならず、私たちの思いを知事に届けなくては」とし、9月府議会の前に開く代表者会への招待状を、橋下徹知事に送る意向を明らかにした。


 夜間中学は府内に11校あり、約1400人が学ぶ。国は学齢生徒に就学支援をしているが、夜間中学生にはなく、府は71年、独自に就学援助制度を設立。生活保護の受給者ら低所得の生徒に対し、設置する7市と折半して支援し、今年度も当初は1723万円の負担を見込んでいた。


 来年度、府の補助が廃止された場合、制度を維持するためには設置7市が負担を等分するか、生徒が居住する市町村が分担する方法が考えられる。天王寺など4校に夜間中学がある大阪市の担当者は「他の設置市の動向を見ながら、検討するしかない」ともらす。


 代表者会で夜間中学生たちは、制度廃止への反対署名約3万5000人分を集約した全国30以上の個人・団体に、礼状を書いた。「たくさんの署名をありがとう」。力強い筆跡で1文字ずつ書いた守口市立第三中夜間学級の箱根妙子さん(73)は「応援してくださった方々にたくさんの勇気をもらった。来年度の制度維持、国の支援を取り付けるまで声を上げ続けます」と話した。


就学援助制度廃止に抗議する署名を集約した団体に礼状を書く箱根妙子さん=大阪市天王寺区で


毎日新聞 200886日 地方版

http://jnetmore.blog50.fc2.com/blog-entry-128.html
  橋下知事! 夜間中学生は立ち上がった I

 近畿夜間中学校生徒会連合会臨時総会が9月7日大阪市北区民センターで開催された。早朝より駆けつけた夜間中学生、教員によって、会場準備が始まった。600を超えるいすを運び込み、並べていく。舞台には色とりどりの、各夜間中学の垂れ幕で飾られ、40分ほどで準備が整った。いつもなら、冗談や、笑い声で進む作業も、夜間中学生の口は堅く閉じられたままであった。

 就学援助、補食給食の大阪府負担を2008年度10%マイナス、2009年度ゼロとする知事案に対し、5月以降、近畿夜間中学校生徒会連合会は、知事への手紙、街頭署名活動、府議会議長への手紙、府会議員を訪問、要請活動、議会傍聴活動と、考え得るさまざまな取り組みを行ってきた。しかし、7月23日臨時府議会で今年度は10%マイナスを決定した。
 知事と7月臨時府議会で議会質問を行った各府会議員に招待状を送り、総会参加を案内した。あいにく、知事の参加は実現しなかったが、自民、民主、公明、社民各政党より17人の議員の参加があった。

 開会時刻10時にはほぼ満席、臨時総会は一森副会長の司会で始まった。
 まず挨拶にたった李光燮生徒会長は、府会議員に7月府議会の取り組みに感謝を述べた後、次のように語った。「40年前、たった一人で街頭に立ち、ビラを配り、開設運動を行った野雅夫さんによって、大阪に夜間中学が開設された」「いま、その夜間中学で学んでいる私たちは、先輩に負けないように運動に立ち上がっている」「学齢時、義務教育を受けることができなかった私たちにも、学ぶ権利がある」「新聞やテレビの向こうにいる多くの人たちに、そして橋下知事に、私たちの学ぶ思いや考えを聞いていただいて、判断していただきたい」と集会の主旨を語った。

 意見交流では引揚げ帰国者・在日朝鮮人・被差別部落出身者・戦争体験者・障碍者・未就学者など8人が壇上から意見を述べた。さらに会場から8人の夜間中学生らが意見発表を行った。
 「戦中、戦後何十年と辛い思いをし、生きてきた。あの戦争がなかったら、違った人生を歩んでいたことでしょう」。70歳で夜間中学に入学した。「知事が、夜間中学の灯を消そうとしている」「私たちこそ学ぶ権利があります」「私たちの学ぶ思いを知事に直接聞いてほしかったのに、残念です」「府会議員の皆さん、府議会で議論して私たちの願いを実現してください」。

 「北河内には守口に夜間中学が1校あるだけです」「枚方から守口に通っています」「就学援助がなくなると夜間中学に通えません」。「夜間中学は中国帰国者にとって日本で生活を始める、重要な場所になっています」 夜間中学に来るまでの人生を語り、学ぶ思いを語っていった。就学猶予、免除の扱いを受け、障碍を持った夜間中学生からも主張が続いた。 近畿夜間中学校生徒会連合会は来年度予算での就学援助費、補食給食費の廃止を許さず、財源が確保されるよう最後まで行動していく集会決議を採択を行った。

 参加した、各党府会議員は「学ぶことは光であり、誇りであるはまったく同感です」「夜間中学を守るのは議会の責任である」「議会の中で知事に制度の継続を求めていく」「学んでおられる夜間中学生の皆さんに迷惑をかけることは絶対ない。がんばりましょう」。力強い決意表明が続いた。
夜間中学卒業生のたった一人の立ち上がりが、大阪に夜間中学の開設を実現した。40年たった今、近畿の夜間中学生はスクラムを組んで、大きなうねりを引き起こし、知事包囲網を実現したといえる。

野さんからのメッセージを記しておく。
 「大阪での闘いは、夜間中学生たちの、本当の力が、試されているー問われている闘いです。なぜ、夜間中学が必要なのか? ピンチは―チャンスです。」

▲ 2008-09-08