全国夜間中学校研究会(東日本地区) 研修交流会の参加報告


 7月26(日)に東京・江東区総合区民センターで開かれた全国夜間中学研究会(東日本地区)研究交流会(主催:「すべての人に義務教育を!」専門委員会)に、「北海道に夜間中学をつくる会」から工藤共同代表、泉事務局長、飯塚・丸山両事務局次長の4人が参加しました。札幌遠友塾からも受講生で3年の酒井順子さんと伏見裕子さん、スタッフの荒木明美さんの3人が参加しました。以下報告です。


 開会の午後1時半には会場の区民ホールは、北は北海道から西は神戸まで広い地域から集まった約100人の夜間中学関係者であふれるほど。案内を受け、自民、公明(遅れて出席)、共産、「市民の声」の各区議も顔をそろえていました(いづれも文教委員。公明は委員長)。


 今回の研修会は公立の夜間中学がない同区に、東京弁護士会が近く設置勧告する動きを見せていることから、弾みをつけようとの狙いです。こうした集会に区議がそろって出席するのは初めてのことといい、機が熟していることを裏付けました。


 集会は主催者あいさつに続き、「すべての人に義務教育を!21世紀プラン」(昨年の全国夜間中学校研究大会で採択)専門委員会委員長の関本保孝さんが、生きる基本を学ぶための夜間中学の必要性と、3年前に日弁連が国に人権救済としての意見書を提出したこと、「21世紀プラン」の新たな取り組みなど、これまでの一連の運動の経過報告をしました。(このあと、各区議のあいさつがありました。)

 続いて、江東区から墨田区・文花中や江戸川区・小松川第二中に通う生徒たちの報告があり、居住区に夜間中学がないため1時間以上かけて自転車で通っているが、車が多く危険な目にあっていること、仕事との両立はつらく特に雨や強風の日など大変で、1日も早く江東区に学校をと、切々と訴えました。


 江東区に夜間中学をつくる会からは、他区より必要度が高い歴史的理由や現況、自主夜間中学の活動などが報告されました(資料)。また東京弁護士会人権擁護委員会からは、日弁連の意見書を受けて東京での調査を始めたが、対象が学齢期に義務教育をうけられなかった高齢者というよりは、中国帰国者やニューカマー、不登校などの人たちが主で認識不足を知らされたこと、プロジェクトを立ち上げ、議論に議論を重ねての結論となるので何らかのお役にたてるのではないかとの話がありました。


 このあと休憩を挟み、世田谷・三宿中、荒川・第九中の卒業生や現役生からの報告が続きましたが、三宿中の前身の新生中卒業生で町工場を経営している梅原さんの話は心打たれるものでした。経常利益35%38年続けている優良企業で、絶対リストラはしないとの信念の人。「町工場 強さの理由」という本も出されています。

 家が貧しく小学校卒業して直ぐ職人になったが、学校に行きたい気持ちは強く、17歳の時に新聞で「夜間中学」を知った。自転車で20分くらいの学校の様子見に行ったところ直ぐ入学、クラスに紹介された。「いま事業で成功しているが、人生の中で何がうれしかったかというと、これは夜間中学に入れたこと」と当時を思い出して声を詰まらせ、目を潤ませて語りました。教科書がただ、給食もただで本当に助かったが、なぜか不思議だった。先生に税金がまかなわれていることを教えられた。だから税金はキチンと納めているし、アットホームだった夜間中学を思い従業員は大切にしている、とのことでした。


 各地の自主夜間中学校の報告に入り、まず北海道から「札幌遠友塾」を工藤代表が紹介。旭川に続き今春に函館、釧路でも自主夜間中学校が産声をあげたことを報告しました。

 次いで伏見さんが発表。いじめから中学時代に不登校になり、先生に相談しても隠蔽を感じて学校に戻れず卒業証書だけもらった。その後、通信制の高校に籍を置いたが6年ほど通う事ができなかった。それが2年ほど前、遠友塾に通うと同時に高校へも通えるようになった。今は先生にも恵まれ、部活に入り高文連に作品を出すこともしている。遠友塾に通うことで、少しずつだれかの好意を受け取れるようになってきたように思う。そして、「だれかの好意を受け取れるようになった自分がとてもうれしい。たくさんの人の心にふれることができたと思います」と、感動的な言葉で締めくくりました。

 酒井さんは、学校に行けなかった苦しい体験を話しました。小学2年生の時に父親が倒れて入院、お金がなく妹のお守りをするため1カ月ほど学校を休んだ。父は回復したが今度は母が疲れで倒れ、妹を連れ学校へ行っても勉強が進んでいてわからず、家事、子守、母の見舞いと、勉強する時間などなかった。妹は間もなく病死。4年生の時、理解ある先生に家で遅れている勉強を教えてもらった。人生の恩人と思っている。

 中学の時に病気にかかり、そんなことで機会があれば基礎教育から学びたいと希望を持ち続けていたところ、新聞で遠友塾が開校することを知った。年齢を問わず学ぶ意欲がある人は誰でも入れるとあり、退職を機に入学した。「夢がかない、感激で言葉に表せないほどの幸福の日々。学びの証として今は朗読奉仕をさせてもらっているが、遠友塾との出会いは私の人生の宝物です」と話しました。

 2人には会場から拍手が鳴り止まず、涙目の人もいました。赤旗の取材や帰りに「とってもよかった」「感動した」と声掛けされる場面もありました。


 札幌遠友塾に続き、釧路の「くるかい」の報告が添田事務局長からありました(発足の経緯や課題など、内容は「きぼうbS」と同じです)。「埼玉に夜間中学をつくる会」からは、24年も働きかけてきているが進展なく、700人近くが東京の公立夜間中学に世話になっている実態が、千葉県の「松戸市に夜間中学をつくる市民の会」「柏木に夜間中学をつくる市民の会」からの報告、神戸の夜間中学の先生、立教大学や法政大学の先生、「えんぴつの会」の見城先生などから応援メッセージがあり、「公立36校目」をキーワードとして、各地で活動を広げて行くことを誓い合いました。

時間切れで「質疑討論」はなく閉会となりましたが、その後の懇親会にも北海道からの8人全員が参加、大いに盛り上がりました。

以上